No.56 メルトダウンの実験

2012.4.10.掲載

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沸騰水型原子炉は
水を入れた紙コップを火にかけて沸騰させるようなもの

 燃えやすい紙でも、水に冷やされるなら温度が紙の発火点に達しません。しかし、何の工夫もせずに、家庭用ガスコンロに近づけると、底の縁取りの部分が水に冷やされないので燃え落ちて、底が抜けて失敗します。水面より高い位置の部分の紙も燃えてしまいます。小さなろうそくで地道に加熱するなら、沸かすことができます。でも、気を抜いて炎の位置がズレると縁取りが燃えるので、破れた場合に備えて、水の受け皿を下に置いて実験します。

 ところで、 原子炉の中心部分に2万本以上もある燃料棒には、核燃料ペレットが積み重なっています。運転中の核燃料ペレットの中心部分は2000℃以上ですが、それを収めている容器であるパイプ、燃料被覆管の融点は約1800℃です。それだけを考えると、原子炉というものがいかにも「綱渡りのような」危うい技術という気がしませんか? 

 

水が減ったら融け落ちる

 メルトダウンの模型を考えました。形を説明するための模型でなく、実際に同じ原理で融け落ちることを見てもらう模型です。薄いプラスチック膜の外側を水で冷やしながら、内側からヒータで加熱します。水がある間は、プラスチック膜は変形しませんが、水が抜けると、たちまちトロトロに融けるはずです。

  

冷却水があるうちは大丈夫だが、水がなくなると、‥

たちまち筒が溶融!!

 

プラコップのメルトダウン実験

実際にやってみました。

熱源は、棒状のハロゲンランプ(150W)です。棒状のハロゲンランプは比較的安価で、表面に赤外線反射の皮膜なども無いものが多く、今回の目的に適しています。

ステンレス棒を曲げて電極を作り、下からボルトで支えることで、ランプを縦に固定しています。その外側に試験管を切ったガラス管をはめて、ランプを保護しています。これが核燃料ペレットのつもり。

 

よく売られている普通のプラスチックコップの底を切り取ります。そのままでは、熱線が透過してしまうので、コップの外側に薄い黒色のプラスチックシートを1回巻いて、セロテープで止めます。使ったシートはダイソーで5枚?入り100円のA4ファイルケースです。材質はポリプロピレンです。

黒いプラシートを貼ったプラコップ、これが燃料被覆管のつもり。

容器はプラコップのふちがピッタリと口にはまるプラスチックの保存ビン(PET製)です。底を切り落とし、上下さかさまで使います。プラコップをはめてフタを閉めると、ビンの内側とプラコップの間が密閉され、水を溜めることができました。少し水もれする場合は輪ゴムをパッキンにします。これが圧力容器のつもり。

 

水をぎりぎりまで入れて、電源を入れます。しばらく見ていても、プラコップは何ともありません。

水は貯めているだけなので、やがては沸騰しますが、そのまえに、チューブから水を排水して水位を下げ、そのまま観察します。

水がなくなってから30秒か1分ぐらいで、プラコップがグニャグニャに変形し、ハロゲンランプのまぶしい光が顔を出します。

そのまま電源を入れっぱなしだと、融けたプラコップが試験管のガラスに触れて臭い煙を出すので、電源を切ります。

使用後は、ビンごと持ち上げて、フタをはずせば、プラコップを取り替えられ、くりかえし実験することができます。

 

はみだし情報&考察

 

★原子炉のメルトダウンとは

原子力発電所の原子炉の中心部、炉心が融け落ちてしまう事故は「メルトダウン」と呼ばれます。日本語で「炉心溶融」とも言います。原子炉にとって、最も深刻な事態です。

原子炉(軽水炉)の中心部には、核燃料を直径1cmくらいに焼き固めたチョコボール形の粒、核燃料ペレットを金属の管に一列に積み重ねて入れた管があります。(燃料棒といいます。)普通の原子力発電所の原子炉1基にはこの燃料棒が2万本以上、束ねて入れられています。
http://www.toshiba.co.jp/nuclearenergy/jigyounaiyou/abwr/sdeta01/image/2.gif

これらの燃料棒が高温により融け落ちてしまうのがメルトダウンです。

★メルトダウンはなぜ起こる

通常運転中でも核燃料ペレットは2000℃を超える温度になっています。ですから、その入れ物の金属管(燃料被覆管と言います)はその高温に耐えられることが必要です。例えば、高融点で知られるタングステンという金属は3000℃でも融けません。しかし、タングステン等は中性子を吸収してしまう性質のため、被覆管には使えません。中性子を透過する材料でないと、核分裂の連鎖反応が上手く成り立たないのです。

現在、燃料被覆管に使われている材料はジルコニウム合金(ジルコニウム+微量のスズ,鉄,etc)が使用されています。この材料は耐熱性と中性子透過性能とが両立した現在ベストの材料らしいのです。

★燃料被覆管は常に過酷な状態に

ジルコニウム合金によって、直径約1cm、壁の厚さ0.7mm〜1mmの長いパイプ(長さ4.5m)を作り、それに燃料ペレットを入れています。ジルコニウム合金の融点は約1800℃。運転中、管の中心部は2000℃以上ですから、そのままではジルコニウム合金が液体になってしまいます。そこで、沸騰水型原子炉では燃料被覆管のまわりに流水を高速で流して冷却しています。

しかし、腹は2000℃以上、背中は300℃、そのような熱の負荷に被覆管は絶えずさらされています。原子炉の安全は0.7mm厚のジルコニウム板が健全な固体に保たれるかどうかにかかっています。

 

★被覆管の壁を厚くしたら丈夫になる?

単純に被覆管の壁を0.7mmとかではなく、もっと厚くすれば良いのではないか、と思う人もいると思います。もし燃料被覆管を厚く作ったとしても、厚いほど壁の内側の温度が上がるので、壁の内側が融けて流れ落ちて、結局壁はうすくやせてしまうでしょう。むしろ壁が薄い方が外部に熱が流れやすく、つまり冷却性が良くなります。また、厚すぎる壁は中性子の透過を阻み、連鎖反応の障害になるので採用できません。

綱渡りの谷底

 このようなジルコニウム合金の性能の限界のため、水蒸気タービン入り口の温度は300℃以上に上げることが出来ません。これが蒸気タービンの熱効率を30%と小さくしている原因です。より高性能な新材料が開発されれば、効率が向上しますし、事故の危険性も減らせる可能性があります。しかし、ここ40年間、素材の向上はほとんどありませんでした。格納容器や原子炉建屋をどれほど丈夫にしても、「綱渡り」状態の炉心が溶融する危険は解消しません。想定を変更しても、その想定を超える地震や津波の可能性が消えるわけではありません。

(ここからは、意見の分かれる所かも)
 ただ、事故の可能性については、操作や判断する人のエラーも含めて、原子力発電以外の例えば化学プラント等の巨大装置でも似たり寄ったりかも知れません。
 原発と他の巨大装置との違いは、事故が起こった場合の公衆に及ぼす被害の甚大さです。福島の事故ではその被害が質的にも量的にも時間的にも破格であることを、私たちは再認識させられました。「綱渡り」では自分が落下しないように姿勢を制御します。やる、やらないは渡る人の勝手ですが、綱の下を見て、もし自分が落下すれば谷底を台無しにする状況とわかったら、その綱渡りをやってはいけないと思います。強行しようとすれば、谷底の人たちが怒るのは当たりまえです。
 
よく、事故リスクというと飛行機事故や自動車事故を引き合いに出す人がいます。どちらも一定の事故確率があります。本人が意識する、しないにかかわらず、私たちはその確率を背負って搭乗したり乗車したりしているはずです。そして、それらの装置の運転が社会に容認されるためには、少なくとも公衆に及ぶ被害がほとんどないか、限定的であるということが条件の一つだと思います。

 

 

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