第2回 火起こしの技術

 原人が火が使えるようになったことがさらなる進化をうながしたと考えられる、と前回に紹介しました。そこで、今回は火を作り出す技術、つまり「火おこし」の進歩について、考えたいと思います。


怖いか、癒されるか

動物は火を怖がるので、夜になったら、たき火をして野生動物から身を守るというのは聞いたことがありますか? 野生動物はたしかに火を恐れるのでしょうが、人はキャンプでたき火の火を眺めていると何となく心が安らぎます。それは、夜でも野生動物に襲われないという、原始時代の安心感がもとになっているのかも知れませんね

 人は火について、こう対処すれば、やけどをせずに使いこなせる、という知識を持っています。皆さんも火について色々と知っているので、大丈夫ですよね。

実験1 炎を手のひらで消す
     (皆さんはやらなくていいです。)
 @アルコールを流し台(鉄板)の上に少量
   (0.5mLほど)たらして、点火する。

 A手のひらを炎の上からかぶせて消化する。

   燃焼は可燃物酸素があってこそ続くので、手のひらで素早く炎を覆ってしまえば、酸素の供給が絶たれ、火は消えます。火が少しでも残っていれば、再点火してしまいますが、火が残らなければ、鉄板上で高温部がないので、再点火しません。
  こういう事が本当に分かっていても、経験がないとこわいものです。私は修行を積んでいるので、‥‥。

      
実験YouTube動画(27秒)

 

 

火起こしの技術

皆さんは日常自分で何かに火をつけるという機会はほとんどないでしょう。ガスコンロの点火でも何でも、スイッチポンで済むからです。でも、見えない所で、例えば風呂の燃焼ボイラーとか火力発電所での燃料への点火、また、自動車のエンジンの中では1秒間に100回も点火されています。人類はある意味、点火しまくって暮らしているとも言えるのです。
 人類の祖先が初めて火を使ったのは、自然に起こる山火事の残り火でしょうか。それを大事に守ったのが最初かも知れません。ある時誰かが、
火の無いところで火を起こす方法をみつけた。そして、いろいろな方法が工夫されて来たのでしょう。
 
摩擦法

 木と木を摩擦して、摩擦熱で徐々に高温を作って発火させる方法です。
 右の左側は溝を棒でひたすら擦る方法、これは大変ですね。
 右側が「きりもみ式」です。
 どちらも乾燥した適度な硬さの木、そして体力が必要です。
 
 きりもみ式を改良したやり方が生まれました。
 右の左側は「弓式」。手のひらのかわりにヒモをからませた弓を使います。
 右側は「舞いきり式」。棒を周期的に下に押して、巻きついたヒモによってはずみ車を回すので、高速の摩擦を長く続けることができます。

 摩擦法の火起こしはやはり大変ですから、いったん起こした火はなるべく消さずに大切に守ることが、このころの賢いやり方だったのでしょう。

火打ち石

 日本の民話「かちかち山」は、おばあさんを殺したタヌキを、うさぎがやっつける話です。うさぎは、だましてタヌキを焚き木拾いに誘い、タヌキに背負わせた焚き木に火を付けます。この時使ったのは火打ち石でした。カチカチッと音がするのを、うさぎは「ここはカチカチ山だから‥」とごまかすのです。
 ところで、石を打ち合わせただけで、そんなに簡単に火がつくの? と思いませんか?

 原始時代はもっぱら摩擦でしたが、その後に火打ち石が使われるようになります。日本でも、古代から明治時代のはじめごろまで、長い間、火打ち石で火を起こしていました。

 火打ち石の火起こしは石と石を打ち合わせるのではないのです。鋼(はがね、炭素を含む鉄)の火打ち鎌(ひうちかま)が必要です。鋼に固い石を打ち合わせることで、鋼が削られ火花が出ます。鋼のなかの炭素と鉄が高温になって火花になるのです。鋼は刃物の材料なので、火打ち鎌は刀鍛冶が副業として作っていました。

 一方、石の方ですが、江戸時代、江戸の街でもっとも上質の火打ち石だとされていたのは、実は茨城県産の瑪瑙(めのう)です。久慈川ぞいの採掘場で採取された瑪瑙が硬く丈夫なので「水戸の瑪瑙」として重宝されたのです。 火打ち石用の石は硬いことが条件なので、関西ではチャートという石、関東では瑪瑙が多く使われました。

 スムーズな火起こしのため、それを補助する道具が工夫されました。火花から火種(ひだね)を作るためには、火口(ほくち)を使います。これは、植物(麻やガマの穂など)の繊維を炭にしたものです。火花によって火口に赤い火種が出来れば、キセル(煙草を吸う道具)に火を移すには充分ですが、炎は未だ立ちません。小さい火打ち石の道具を、おしゃれな細工もののケースに入れて持ち歩き、ささっとスマートにキセルに火を点けるのが江戸っ子の「粋」(いき)な所作の一つだったそうです。
 炎にするには附木(つけぎ)を使います。薄くスライスした木材に少量の硫黄(元素記号はS)をつけたもので、火種に触れさせるとマッチのように炎が上がります。これをかまどの焚き木に移すのです。右の絵のような附木売りが江戸の市中を売り歩いたということです。





火打ち鎌          火打ち石(瑪瑙)
(吉井本家のHPから
お借りしました。)


ガマの穂の火口


附木(右上が附木の束、後方は自作附木)


附木売り

切り火
 時代劇で、岡っぴきや火消しの親方が出かけるときに、おかみさんが、「おまえさん、行ってらっしゃい!」 とカチッカチッと切り火を切ります。あれは、火打ち石です。ここ一番という大事な仕事や旅行に出るような時、火花を振りかけることで厄よけ魔除けの呪い(まじない)をするのです。今でも、花柳界(芸者さんの世界)や職人の世界で見られます。
 火打ち石は自由自在に素早く火を起こすための道具として工夫されましたが、江戸では、このような独特の習慣や文化も作り出しました。
 

       江戸風火起こし実験(YouTube動画37秒

 

マッチ

  江戸のつけ木はマッチに似ていますが、つけ木を擦っても発火しません。火種の温度なら、硫黄の発火点(空気中で何℃に高温にすると自然発火するかという温度のこと)を楽に超えるので、たちまち硫黄は発火して炎になるのですが、ちょっと摩擦したぐらいでは発火しないのです。
  最初に広まったマッチはフランスで1830年発明された「黄リンマッチです。同じ元素リン元素記号はP)だけでできている物質に「黄リン」(おうりん)と「赤リン」(せきりん)があるのですが、このうち黄リンの方は極めて発火しやすく、それを頭薬に配合したのです。西部劇に出てくるシーンで、ガンマンがマッチ棒をブーツの革に軽く擦るだけで、ボーッと火がつきます。
 しかし、黄リンは自然発火によって火災になりやすく、毒性もあるため、最後には世界的に禁止されます。日本では黄リンの禁止が大分遅れたそうです。
 危険性を改善して登場したのが、「赤リンマッチ」です。赤リンは、黄リンより安定な物質であり、自然発火することはありません。硫黄よりは発火点が低いので、強く擦ると発火します。この赤リンと摩擦材を混ぜた塗料をマッチの箱の側面に塗り、棒の方に硫黄入りの投薬をつけたマッチが赤リンマッチです。箱の側面にマッチ棒をこすると、まず箱の赤リンがわずかに発火し、それが接しているマッチ棒の投薬の硫黄に燃え移ります。 昭和時代まではマッチをつけると花火に似た硫黄独特の臭いがしました。
 その後、投薬の硫黄分を除いて塩素酸カリウムを入れました。こうすると、赤リンの量も少なくて良く、また、燃えやすい赤リンと酸化剤(酸素を出す物質のこと)である塩素酸カリウムが擦った時にだけ出会うので、さらに安全性が向上しました。

ライター

黄リンマッチ



赤リンマッチ 
  今では、花火の時や墓参りの時などで火をつけるのに、マッチではなく、石油ガスを詰めたガスライターを使うようになりました。ガスライターの多くは、カチッと音のする圧電素子で電気を起こし、それによる電気火花でガスに点火するものです。
 でも、フリント式ライターと呼ばれるヤスリで火花をつくるライターも売られています。
 「フリント」というのは火打ち石(厳密にはチャート)のことです。円いヤスリで削られるのは、フェロセリウムセリウム鉄合金)という物質でできた芯です。良く火花が出ます。
 つまり、火打石の原理そのままです。火打ち石が円いヤスリに、火打ち鎌がセリウム鉄合金に代わったものです。
 今でもガス溶接のバーナー点火には、安定性・確実性から、火花だけが出るフリント式ライターが使われています。
 また、キャンプ用品の「ファイヤースターター」、ナイフなどで棒を削ると火花が出るもの、これも同じセリウム鉄合金です。マグネシウムと言っている商品もありますが、マグネシウムを混ぜて火つきを良くしたセリウム鉄合金です。


電気火花点火のガスライター      フリント式ガスライター

溶接機用フリント式ライター

キャンプ用ファイヤースターター



  火起こし道具という何気ない身近な道具一つとっても、今までに代々の、多くの人の手によって、新しい知識と理解の上で、次々と工夫され改良されて来たのです。その中には、変わった部分と変わらない部分の両方がありました。そのような数々の道具によって私たちの暮らしは成り立っており、道具の発達が文化・文明形成されて来た、そういうことかな。
 

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